橋本哲也監督(中京学院大中京高校野球部)の経歴は?指導方針は?

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3年ぶり7 度目の甲子園出場を果たした、中京学院大中京。

試合の終盤で逆転勝ちするなど目が離せない中京学院大中京高校野球部の橋本哲也監督の経歴やどんな方なのか、また指導方針などについて調べてみました。

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橋本哲也監督のプロフィール

名前:橋本哲也(はしもと てつや)

生年月日:1964年生まれ 55歳

出身地:岐阜県

出身高校:中京商(現:中京学院大中京)

出身大学:亜細亜大学

社会人:NTT東海

 

橋本哲也監督は高校球児だったようです。そして現在は母校である中京学院大中京で監督をされてります。

母校ということで思い入れもあるのではないでしょうか。

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橋本哲也監督の経歴

橋本哲也監督は、高校球児で1981年の春のセンバツに出場しています。橋本監督がいた中京商業高校の時から、全国屈指の高校野球の名門校だったのです。

高校野球の強い学校は長い歴史があるのですね。

亜細亜大学に進学した橋本監督は、大学選手権で準優勝を経験しています。

大学卒業後は、NTT西日本で選手として活躍しました。

選手として活躍した後は、NTT西日本硬式野球部のコーチ、監督、GMを5年間務めた経歴があります。

2015年に母校の中京学院大中京の監督に就任しました。

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橋本哲也監督の指導方法は?

チームのスローガンは、

『くらいつけ 一球に魂を込めて』

だといいます。

これは橋本哲也監督が以前NTT西日本の監督時代から引き継いだスローガンで、一球に対する執着心を唱え続けているそうです。

橋本哲也監督が選手時代に都市対抗野球の試合で、逆転サヨナラの場面があり、味方打者が打った打球は右翼手の頭上を越えるような打球を放ちました。

これには誰もが勝ったと思えるような場面でしたが、相手の選手は諦めずにボールを追いかけ、ダイビングしてボールをキャッチし、試合終了となりました。

相手チームが見せた、最後まで諦めずにくらいつく執念と一球にかける気持ちの大切さを学んだと言います。

このような経験をした橋本監督は、現在も忘れることなく選手たちに伝えています。

なんでもそうですが、何があるのかは最後まで分かりません。集中力が切れてしまったり、諦めてしまうことで、チーム全体の士気も下がってしまい、負けてしまいます。

一人一人にくらいついていく気持ちがないと、勝つのは難しいのではないでしょうか。

橋本監督は、そんな大切なことを選手たちに伝えて、それが今、活きているようにも思います。

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生活面の見直し

橋本哲也監督は、高校生を指導するにあたり、技術面よりも生活面の見直し、礼儀や挨拶など人としての生活態度に重きを置いていたといいます。

橋本監督のこの指導は選手たちにいい影響を及ぼし、心と精神が安定し、野球もより向上していきました。

橋本監督は社会人野球の監督時代は、最新技術を用いたトレーニングメニューを組んでいました。しかし高校野球は、教育の一環と考えて『プロセス』を重視しています。

腕立て伏せやダンベルを使った筋力トレーニング、山間部にあるグランドを利用して50メートル以上ある急な坂道を選手同士がおんぶ、だっこ、肩車をして登るなど、最新の技術やトレーニングには頼らすアナログで体力づくりを行い、自分自身の体で筋力の成長など感じることを重視しています。

このやり方は選手にも好評で「腕立て伏せなど古くさい気もするけど、スイングが速くなったり、打球の質が変わったりした」と成果を実感しています。

監督と選手の間に強い信頼関係があるからこそではないでしょうか。

甲子園では早くもその成果が表れているのではないでしょうか。

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まとめ

中京学院大中京は3試合逆転勝ちをしてベスト4に進みました。

チームのスローガン『くらいつけ 一球に魂を込めて』の通りになっていますね。

最後まであきらめずにくらいついていく、一球に魂を込めて今選手たちは頑張っています。

橋本監督の指導が選手たちにしっかり伝わっていますね。

何が起こるか分からない試合ですが、最後まで粘り強く頑張ってほしいです。

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