YOSHIKI 炎上で謝罪!原因は?香港のデモが関係か?

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XJAPANのYOSHIKIが、SNSに投稿した内容が炎上し、14日に自身のツイッターを更新、謝罪しました。

何故炎上してしまったのか、謝罪することになったのか調べてみました。

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YOSHIKI ジャッキー・チェンとの会食

YOSHIKIは、6月12日自身のツイッターに、訪問していた台湾で、香港出身の世界的アクション俳優ジャッキー・チェンと会食したことを写真付きでツイッターに投稿しました。

オシャレなお店でとっても雰囲気もよさそうなところです。

しかし、この投稿が炎上してしまいました。

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YOSHIKIが謝罪文を投稿

2日後の14日、YOSHIKIはツイッターを更新して、謝罪をしました。

私の親愛なるファン、 私の投稿のいずれかがあなたを感じさせたなら…どんな状況も考えてない 深くお詫び申し上げます。 私はファンと友達のすべてを本当に気にしています。 愛しています

英文で、深くお詫び申し上げますと謝罪しています。

何についてという具体的なことは書かれていませんが、2日前に投稿したジャッキーチェンとの会食についての謝罪ではないかと見られています。

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YOSHIKIは何故謝罪したのか

なぜYOSHIKIは謝罪文を投稿したのでしょうか。

ジャッキー・チェンは中国政府の国政助言機関である中国人民政治協商会議(政協)委員も務め、香港や台湾では「親中」イメージが強いそうです。そして、中国共産党よりの姿勢を示していたそうです。

9日に香港で起きた「逃亡犯条例」改正反対の大規模デモについても12日、台湾で記者団に「よく知らない」と答え、批判を浴びていたといいます。

香港では、デモが起きています。これは犯罪容疑者の中国本土への引き渡しを認める「逃亡犯条例」の改正案に反対するものです。

香港はかつて、150年以上にわたってイギリスの植民地でした。

香港島は1842年のアヘン戦争後にイギリス領となり、その後、イギリスは当時の清朝政府から「新界」と呼ばれる残りの地域を99年間租借したました。

それからの香港は活気ある貿易港となっていき、1950年代には製造業のハブとして経済成長を遂げます。また、中国本土の政局不安や貧困、迫害などを逃れた人たちが香港に移り住むようになっていきました。

99年の返還期限が迫った1980年代前半、イギリスと中国政府は香港の将来について協議を始める。中国の共産党政府は、返還後の香港は中国の法律に従うべきだと主張した。

香港が1997年に中国に返還することで合意し、香港は中国の一部になるものの、返還から50年は「外交と国防問題以外では高い自治性を維持する」ことになりました。

返還後の香港は香港特別行政区となり、中国とは違う独自の法制度や国境を持つほか、表現の自由などの権利もあります。

香港には、中国本土にはない自由がありますが、それも徐々に減退しているといいます。

このままでは、中国ではあったが中国とは違う部分も多かった香港が、中国の他の都市と香港も同じになってしまうと香港の人達はデモをしているのです。

このようにジャッキーチェンは政治的な絡みがあり、ジャッキーチェンと仲良くしているというだけで、批判されてしまったようです。

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最後に

YOSHIKIは、政治的な深い意図もなく純粋にジャッキー・チェンとの会食を楽しんだだけなのではないでしょうか。

多くのファンの事を思い、心を痛め、謝罪したのではないかと思います。ファンの事を大切にしているんだと思います。

たまたまタイミングが悪く、YOSHIKIに飛び火してしまっただけだと思います。

YOSHIKIが世界的に有名でなければここまで炎上することはなかったはずです。

今回は、タイミングが悪かったことと、改めてYOSHIKIの存在感の大きさを知ることになりました。

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